
重要事項説明書を読んでいると、「本物件には抵当権が設定されています」という記載が出てくることがあります。担当者から説明を受けても、その場では「何となくわかった気がする」まま署名してしまった方が大半です。
帰宅してから調べると「競売になったら追い出される」という情報が目に入って、不安になってしまう。そういう人は少なくないのではないでしょうか。
現場目線で言えば、賃貸物件の抵当権が実行されること自体がそもそも激レアです。もっと言えば、入居者が実際に立ち退きを迫られるケースはほとんど聞いたことがありません。つまり、万が一にも競売になったとしても、それは「追い出される」こと直結するとは言い難いのが現状です。
この記事では、抵当権の意味・競売になったときに入居者に何が起きるか・リスクの現実的な大きさを、不動産歴20年超の現役店長が現場の本音でお伝えします。
抵当権とは何か——重説に出てくる言葉を3分で理解する
重要事項説明書に書かれている「抵当権」という言葉は、法律用語としては難しそうに見えますが、意味そのものはシンプルです。ここで基本を押さえておくと、担当者の説明も重説の記載もすんなり読めるようになります。難しく考える必要はまったくありません。
抵当権の基本——オーナーが銀行から借りたお金の「担保」のこと
抵当権とは、物件のオーナーが銀行などの金融機関からお金を借りる際に、その不動産を担保として差し入れることで設定される権利です。わかりやすく言えば、「この物件でローンを組んでいます。返済できなくなったら、銀行がこの物件を売ってお金を回収できる権利を持っています」という意味です。
入居者からすると、自分が借りている部屋のオーナーが銀行からお金を借りており、その返済が滞ると最終的に物件が競売にかけられる可能性がある、これが重説で説明される「抵当権設定」の実態です。
ほぼすべての賃貸物件に抵当権が設定されている
重説で「抵当権が設定されています」と聞くと特殊な物件のように感じるかもしれませんが、これは珍しい話ではありません。アパートや賃貸マンションは多くの場合、オーナーが銀行融資を受けて建設・購入しており、建てた時点で銀行の抵当権が設定されています。
つまり抵当権が設定されている物件は、賃貸市場における標準的な状態です。重説にこの記載があっても、それだけで問題がある物件ということにはなりません。
「抵当権の実行」とは何か
オーナーがローンの返済を続けられなくなった場合、銀行は担保である物件を競売にかけて資金を回収します。これを「抵当権の実行」と言います。競売とは、裁判所が間に入って物件を第三者に売却する手続きのことです。落札した新しい所有者が物件のオーナーになります。
店長の独り言
「みなさんが家やマンションを購入するとき、現金一括払いで購入できるか?と言われると、たぶん答えは『NO』だと思います。それは、家主さんも同じです。
みなさんが家やマンションを購入するときにも、この抵当権とは長くお付き合いすることになりますので、ぜひこの機会にさわりだけでも覚えておいてください。」
【サルバナナ劇場】賃貸の「抵当権」をわかりやすく解説
登場人物(動物)は3匹だけです。
- ゴリラ銀行(お金を貸す人 / 金融機関)
- サル家主(山を買ってアパートを建てた人 / 物件オーナー)
- リス入居者(サルのアパートの1部屋を借りている人 / 入居者)
① サル家主、ゴリラ銀行から「バナナ」を借りる
サル家主は、自分のアパート(山)を建てるために、ゴリラ銀行から大量の「バナナ(ローン)」を借りました。
当然、ゴリラ銀行は商売なのでこう言います。
🦍「おいサル、お前がもしバナナを返せなくなったら、俺は大損する。だから、お前のアパート(山)に『ゴリラマーク』をつけておくぞ。返せなくなったら、この山は俺が没収して、他の動物に売っ払ってバナナを回収するからな」
この、ゴリラ銀行がアパート(山)につけた『ゴリラマーク(いつでも没収して売れる権利)』のこと、これが「抵当権(ていとうけん)」です。
② リス入居者、サルのアパートに引っ越してくる
そこへ、何も知らないリス入居者がやってきて、サル家主に家賃(きのみ)を払って、アパートの1部屋を借りました。
契約のとき、仲介のキツネ(不動産屋)が難しい顔をしてこう説明します(これが重要事項説明です)。
🦊「リスさん、実はこのアパートには、ゴリラ銀行の『ゴリラマーク(抵当権)』が最初からベッタリついています。万が一、サル家主がバナナを返せなくなったら、ゴリラ銀行がこのアパートを森が主催するオークションに出す(競売)かもしれないですけど、一応それだけは頭に入れておいて署名してくださいね」
リスは「えっ、なんか怖いな…」と思いますが、大半のリスは意味がよくわからないまま「まぁいっか」とハンコを押して入居します。これが、今のほとんどの入居者の状態です。
③ もしサル家主がバナナを返せなくなったら?(競売)
もしサル家主の経営がうまくいかなくなり、ゴリラ銀行へのバナナの返済がストップすると、ゴリラ銀行は激怒して『ゴリラマーク』を発動します。 アパート(山)を強制的に取り上げて、森のオークション(競売)に出してしまうわけです。
リスからすると、「大家のサルの借金のせいで、自分の住んでいる家が勝手にゴリラによってオークションで売られようとしている」。
これが、重説で説明される「抵当権が実行されて競売にかかる」という恐怖の正体です。
以上、サルバナナ劇団による「よくわかる抵当権」でした。
抵当権設定と入居のどちらが先かで入居者の立場が変わる
抵当権が実行されたとき、入居者の立場がどうなるかは「抵当権設定登記」と「入居(賃貸借契約)」のどちらが先かによって変わります。法律上の結論だけ先にお伝えすると、ほぼすべての賃貸物件は「抵当権設定が先・入居が後」のケースに当てはまります。この前提を理解したうえで読み進めてください。

賃貸借契約が先・抵当権設定が後——入居者が保護されるケース
入居者が先に引越して住み始め、その後にオーナーが物件に抵当権を設定したケースでは、入居者の賃借権が抵当権に優先します。この場合は競売になっても入居者の賃貸借契約はそのまま存続し、新所有者に対しても「引き続き住み続ける権利」を主張できます。
ただしこのケースは現実にはほぼ存在しません。なぜなら、オーナーが銀行融資を受けて物件を建てた時点で抵当権が設定されるため、入居者を募集する前からすでに抵当権が付いているのが通常だからです。
抵当権設定が先・賃貸借契約が後——ほぼすべての物件がこちら
現実の賃貸物件のほとんどは、建設・購入時にすでに抵当権が設定されており、その後に入居者を募集しています。つまり「抵当権設定が先・入居が後」というケースが標準です。
この場合、抵当権が実行されて競売になると、入居者の賃借権は新所有者に対して主張できません。「出て行ってください」と言われた場合は、原則として従う必要があります。
ただし「原則として」です。次の章で詳しく説明しますが、実際に退去を求められるケースはさらに限られます。
明渡猶予制度——競売後も6ヶ月は住み続けられる権利
仮に競売になり、新所有者から「退去してください」と言われた場合でも、民法395条の明渡猶予制度により、買受人が代金を納付した時点から6ヶ月間は明け渡しを猶予されます。
ただ、そうはいっても急に「翌日には荷物をまとめて出て行け」と言われることはありません。この6ヶ月間は次の住まいを探す時間として活用できます。ただし猶予期間中も建物の使用に対する対価(賃料相当額)を新所有者に支払う必要があります。
競売=追い出されるではない、「オーナーチェンジ」の現実
「競売になったら追い出される」というイメージが広まっていますが、現場の実態はまったく違います。競売とは強制的なオーナーチェンジ、すなわち家主が別の人に代わることに過ぎません。入居者を立ち退かせるかどうかは、新しいオーナーが決めることであり、多くの場合そうはなりません。この点は現役店長として自信を持って言えます。
競売で落札するのは投資家・不動産業者であり、立ち退かせる理由がない
競売で物件を落札するのは、自分がそこに住みたい個人ではなく、家賃収入を目的とした不動産投資家や不動産業者がほとんどです。彼らにとって物件の価値は「毎月の家賃収入」にあります。
相場通りの家賃を期日通りに払い続けている優良な入居者を、コストと手間をかけて追い出すことは、彼らの利益に反します。立ち退かせるメリットが経済合理性の観点からほぼ存在しないのです。
実際に私が経験した競売案件でも、入居者が立ち退きを求められたケースはありませんでした。一棟の収益物件であれば、家賃という安定収入を捨ててまで立ち退かせる判断をする投資家はまずいません。
競売になること自体が極めてレアである
そもそも、抵当権が実行されて競売になるケースは現場の感覚では極めて稀です。
私が長年この業界にいる中で担当物件が競売になったのは1件だけです。しかもその原因は不動産経営の破綻ではなく、オーナーの本業が立ちいかなくなり根抵当権が実行されたケースでした。賃貸経営が単独で行き詰まって競売まで至るケースよりも、本業や別の融資が圧迫して連鎖的に問題が起きるケースの方が圧倒的に多いのが実態です。
店長の独り言
「重要事項説明で『抵当権が設定されています』とお伝えすると、入居者の方の反応は正直『何それ?』というレベルがほとんどです。一生懸命説明しても、その場でピンと来る方はほとんどいらっしゃいません。それでいいと思っています。
競売になる可能性は現実的に非常に低く、仮になったとしても大半のケースでは生活に影響しないからです。ただ、知っておくことと知らないことでは気持ちの余裕が全然違いますので、この機会に抵当権について理解しておくとよいでしょう。」
競売後に敷金はどうなるか——入居者が知っておくべきこと
競売になったときに入居者が最も心配するのが敷金の行方です。法律上の原則と現実の対処法を整理しておきます。不安に思っている方は多いですが、現場でのトラブルは思ったより少ないのが実態です。
原則として敷金は新所有者に引き継がれない
競売によって物件の所有者が変わった場合、旧オーナーが預かっていた敷金は原則として新所有者に引き継がれません。つまり、入居者は新所有者に敷金の返還を請求することはできず、旧オーナーに請求するしかないというのが法律上の建前です。
現実的な対処法——新所有者との交渉
ただし現実の場面では、新所有者が入居者に継続入居してもらいたい場合、敷金を引き継いだうえで新たな賃貸借契約を結ぶケースも少なくありません。
また旧オーナーへの請求は、オーナーがすでに経済的に追い詰められているケースでは回収が難しいという現実もあります。敷金問題は新所有者の性格・方針によるところが大きく、一律のルールで解決できない部分があることは知っておいてください。
敷金の仕組みと返還のルールあわせて確認しておくことをすすめます。
店長の独り言
「実際に、『あ、この家主さんやばいかも』と思うときには、いくつかのサインがあります。
例えば、修繕費や原状回復をしなくなったりするのは代表的なサインです。ほかにも、お金周りの質問が急に増えたりすることも特徴のひとつです。
ただ言えることとして、管理会社も家主も何も対策をしないわけではありません。
突っ込んで相談にも乗りますし、資金繰りに困窮しているようであれば、売却も視野に再建を目指します。
そういう意味では、急に競売に至ること自体がレアですし、現場実務としては、競売ではなく安全に売却する、という手法をとることのほうが圧倒的に多いです。」
重説で抵当権の説明を受けたときに確認すべきこと
重要事項説明書に抵当権の記載がある場合、担当者に一言確認しておくだけで、不安のほとんどは解消されます。署名前の数分で確認できることです。
登記簿で抵当権の設定日を確認する
重要事項説明書には登記簿の記載内容が含まれており、抵当権の設定日が記載されています。ほぼすべての物件で抵当権設定日は入居日より前ですが、念のため確認しておくと安心です。設定日が入居日より前であれば「抵当権設定が先・入居が後」のケースであり、万が一競売になった場合でも明渡猶予の6ヶ月が適用されることを理解しておきましょう。
担当者に確認しておくべき一言
「この物件のローン返済は順調ですか?」と担当者に直接聞くことはできませんが、「万が一競売になった場合、入居者への対応はどうなりますか?」と聞くことは自然な質問です。きちんと答えられる担当者は信頼できます。
重要事項説明の全体的な確認ポイントについては重要事項説明で見落としやすい8つのポイントも参考にしてください。
抵当権を正しく理解して、安心して契約を進めよう
重説に「抵当権設定」とあっても、それは賃貸物件の標準的な状態であり、過度に不安になる必要はありません。抵当権が実行されて競売になること自体が極めてレアであり、仮になったとしても競売で落札するのは投資家・業者がほとんどであるため、優良入居者を立ち退かせる経済合理性はほぼありません。
万が一立ち退きを求められた場合でも、民法の明渡猶予制度により6ヶ月間は住み続けられる権利があります。敷金については新所有者に引き継がれない場合があるという点だけは知識として持っておいてください。
抵当権という言葉に怖いイメージを持つ必要はありませんが、「知らなかった」という状態より「知っている」という状態の方が、もしものときに落ち着いて対処できます。
重要事項説明の全体像と敷金の仕組みもあわせて読んでおくと、契約前の理解がより深まります。
この記事を書いた人:不動産会社店長
業界歴20年以上の現役店長。現場の第一線で培った知見を活かし、大手不動産メディアにて累計50本以上の専門記事を執筆中。 業界の表も裏も知り尽くした「不動産のプロ」として、不動産会社の不都合な真実を伝えます。
不動産・建築の専門家として、以下の大手メディアにて2026年現在も継続的に執筆・監修を行っています。
- 東急リバブル(LIVABLE タイムズ):法人・投資家向けのCRE戦略や空き家対策記事を20本以上寄稿
- ハウスコム(暮らしエイト):宅建士の視点から賃貸トラブル解決法を30本以上執筆
- CHINTAI(CHINTAI情報局):現場を知る店長としてお悩み解決記事を連載中
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