
賃貸物件の契約でよく耳にする「敷金」。
かつては家賃の3ヶ月分を預ける必要があるなど引っ越し費用が課題になる要因だったのですが、現在は敷金ゼロが市場の主流になっています。
「敷金とはそもそも何か」「なぜゼロが標準になったのか」「退去時にいくら返ってくるのか」——こうした疑問に加えて、契約書には書いてあっても誰も説明してくれない実務的な論点まで、賃貸業界20年以上・現役宅建士の立場から解説します。
ぜひ最後までお読みいただき、敷金というお金の理解にお役立てください。
この記事でわかること
- 敷金の由来と礼金との決定的な違い
- 敷金の相場と、ゼロが主流になった本当の理由
- 退去時に返ってくる金額の計算と返還時期
- 入居中に知っておくべき「敷金の追納」が発生するケース
- オーナーチェンジと敷金の関係
- 敷金が返ってこないケースと対処法
敷金とは何か——江戸時代の持参金にルーツを持つ「預けるお金」のこと
敷金は、退去時の原状回復費用や入居中の家賃滞納に充てるための担保として、入居者が家主に預けるお金です。一言で言えば「預けるお金」であり、退去時に精算して余りが出れば返ってきます。
つまり、敷金は返ってくるお金であるため、絶対に返ってこない礼金とは真逆の性質を持っているのです。
なお、敷金の歴史は意外と古く、江戸時代にまで遡ります。起源とされているのは、結婚時に妻の実家が夫に持たせた持参金です。当時は離婚すると、夫が妻に持参金を全額返すしきたりがありました。この「預けて、返す」という構造が時代を経るごとに変わり、賃貸契約の担保金である現在の敷金へと姿を変えたと言われています。
一方、礼金のルーツは大正時代の関東大震災にあるとされています。震災で多くの住宅が失われ、貸家の需要が急増した時期に、なんとか部屋を借りられた人が家主へ感謝の気持ちを込めて支払ったことが始まりとも言われています。
| 敷金 | 礼金 | |
|---|---|---|
| 性質 | 担保・預かり金 | 慣行的な謝礼 |
| 返還 | 退去精算後に余剰分を返還 | 返還なし |
| 利息 | つかない | (そもそも返還なし) |
| 現在の傾向 | ゼロが主流 | ゼロが多い |
なお、かつて関西や九州の一部で広まった「保証金・敷引き」という慣行は、預けた金額の一部をあらかじめ返還しない前提で設定するものです。現在ではほぼ見かけなくなっており、絶滅危惧種といっていい状態です。
敷金の相場——敷金が減少傾向にある理由
敷金が設定されている物件の場合、現在の相場は0円から家賃1ヶ月分が標準です。かつては家賃の数ヶ月分が主流でしたが、この20年ほどで大きく変わりました。
背景にあるのは保証会社(機関保証)の普及です。保証会社が連帯保証人の役割を担うようになったことで、家主の家賃滞納リスクは保証会社がカバーする仕組みが整備されました。敷金が担っていた「滞納時の補填」という機能を保証会社が担うことになったことを受け、敷金そのものの必要性が薄れていったのです。
なお、なぜ保証会社による保証制度がこれだけ一般的になったかと言うと、これは民法の改正が大きく影響しています。2020年の民法改正により、連帯保証人制度には大きな変化がもたらされました。
そもそも家賃は借主が住んでいる限りずっと家賃が発生します。言い換えれば、住んでいる限り連帯保証人はその地位から離脱することはできません。そうなると、悪質な入居者の連帯保証人になってしまったら最後、連帯保証人が借主のせいで人生を棒に振ってしまうという忌まわしい事案が多く発生していたのです。
そこで、連帯保証人が負うべき債務に上限を定めたり、そもそも連帯保証人になる人に情報公開が義務付けられるなどの変更が加わりました。賃貸契約で連帯保証人を法的に有効な形で就任させるための手続きを考えると、「もう保証会社のほうが楽でいいよね」という風潮が広がり、現在の保証会社全盛期を迎えているわけです。
なお、現在の市場では、敷金ありの物件の方が少数です。家主の世代交代も進み、「担保は保証会社で十分」という考え方が定着しています。今の福岡の賃貸市場では敷金ゼロ・保証会社加入必須という組み合わせが標準形です。
店長の独り言
「敷金2ヶ月が当たり前、と説明している記事を今でも見かけますが、現場では敷金あり物件の方が少数派です。保証会社の普及と家主の世代交代が同時に進んだことで、敷金の役割そのものが変わりました。
『ゼロだから怪しい』という感覚は、現在の市場にはまったく合っていません。もっと言えば、敷金0円だからと言って、退去時に多く負担させてやろう!なんていう考えにはなりません。なぜなら、国が定めたガイドラインがあるからです。
敷金0円の物件でも安心してお借りください。」
敷金はいくら返ってくるか——計算の仕組みと返還時期
敷金の返還額は、以下の計算式で決まります。
返還額 = 預けた敷金 - 退去費用(借主負担分)
退去費用の負担ルールの詳細は退去費用の全体解説にお願いしますが、計算のイメージを家賃6万円・敷金1か月(6万円)の物件で見てみましょう。
| ケース | 退去費用(借主負担) | 返還額 |
|---|---|---|
| 通常損耗のみ | 2万円 | 4万円 |
| ハウスクリーニング特約あり | 4万円 | 2万円 |
| 借主負担の損傷あり | 8万円 | 追加請求2万円 |
返還時期については、一般的な賃貸借契約書では退去後40日以内と定められていることが多いです。物件によって異なりますが、契約書の該当箇所を確認してください。
敷金の返還を「次の引越し資金」として当てにしている方が多いですが、返還されるのは退去・明け渡し・精算が完了した後です。新居の初期費用に敷金を組み込まない前提で資金計画を立てることをおすすめします。
知っておきたい敷金の法律的な性質_すぐに返して!って言える?言えない?
敷金の返還と退去の明け渡しは、同時履行の関係にありません。つまり、「鍵を返したんだからすぐにでも敷金を返してください」は、法律上通りません。正確には、明け渡し・精算が先履行であり、その後に敷金の返還義務が発生するという順序となります。
これに関連して、よくある誤解を3つ整理します。
「明け渡し前に返還を要求できるか」→ できません。
明け渡しと精算が終わっていない段階での返還請求は認められません。退去・鍵の返却・精算完了が前提です。
「入居中の家賃滞納に敷金を充当できるか」→ 入居者側から要求することはできません。
「滞納分は敷金から引いといてください」という主張は通りません。敷金を家賃の代わりに使わせることを家主に強制する権利は借主にはなく、あくまで家主側が退去後の精算で差し引くことができるものです。
一億五千万歩譲って、家主が滞納家賃を敷金で充当することを認めてくれたとしても、借主側にはすぐに敷金を契約書規程の金額に充足させる義務が生じます。
滞納家賃として払うか、敷金の追納として支払うか、結局一緒ですので、家賃滞納はしないように心がけてください。
「入居中に生じた破損を敷金で精算できるか」→ 入居中の相殺はできません。
入居中に破損が生じたとしても、敷金から支払ったことにする処理は退去前には行えません。敷金は退去時の精算のためのものです。
店長の独り言
「『家賃払えないんで敷金から引いといてください』というお願いは、1年に1回くらい借主からお願いされることがあります。残念ながら、入居中に敷金に手を付けるという選択肢はありませんので、やんわりとお断りをさせていただくことしかできません。悪しからずご了承ください。
また、敷金には利息がつきません。預けているお金ですが、銀行預金とは異なり利息は発生しないのが原則です。」
敷金ゼロが主流になった理由
「敷金ゼロは怪しい」「退去時に高額請求される」という情報を見かけることがあります。10年以上前には一定の根拠がありましたが、現在の市場では状況が変わっています。
敷金ゼロが主流になった理由は、保証会社が賃貸市場のスタンダードになったからです。家主のリスクヘッジは保証会社が担う構造になったため、敷金ゼロ・保証会社必須という組み合わせが現在の標準形です。退去時の請求の厳しさは「敷金があるかどうか」ではなく、「管理会社の方針と契約書の特約の内容」で決まります。
ただし一点だけ注意が必要です。敷金ゼロの物件では、ハウスクリーニング費用や原状回復費用を借主負担とする特約が入っているとき、退去時に必ず費用負担が発生する、と言うことがあり得るのです。退去時に「全額自己負担」という形で請求が来るため、契約前に特約の内容を必ず確認することが重要です。
店長の独り言
「管理会社や家主によって異なるため絶対的な話ではありませんが、中には契約書で定められている退去費用(ハウスクリーニング費用や原状回復費用の一部)を退去時までに支払ってください、と言われることもあります。
退去費用の一部だから、退去費用全額を精算して一括で払えばいいじゃない?と思われるかもしれませんが、そう考えない家主さんや管理会社もある、ということです。
ちなみに、退去立会までに払え!と言っている理由はただ一つ。保証会社が認める退去時の原状回復保証額の枠を多くとるためです。一般的な保証会社では、退去時の故意過失などによる退去費用は家賃の3ヶ月分までしか見てくれません。そこにハウスクリーニング費用などが入ると、他の退去費用の請求枠が減りますよね?
そのため、保証額を最大にまで利用したいという理由で、事前に契約書で定められた費用を支払わせることがあるのです。
もしも事前支払いが難しいときは、管理会社や家主さんに相談してみるとよいでしょう。」
入居中に「敷金の追納」が発生するケース
敷金は入居時に一度払えば終わりというわけではありません。入居中に追加の敷金納付が発生するケースが2つあります。
ケース①:家賃改定が行われたとき
契約書に「敷金は家賃の1か月分」と定められている場合、家賃が値上げされると敷金の不足分の追納を求められることがあります。たとえば家賃が6万円から7万円に改定された場合、敷金の基準も6万円から7万円に変わるため、差額の1万円を追加で預けることになります。
家賃改定の通知が来たときは、敷金への影響も合わせて確認してください。
ケース②:ペット飼育を開始するとき
入居中にペットの飼育を始める場合、管理会社から敷金の追納を求められることがあります。ペットによる汚損・破損リスクに備えるためです。金額は物件・ペットの種類によって異なりますが、家賃1か月分程度が追加されるケースが多いです。
ペット飼育の申請は事前に必ず行い、追納条件を書面で確認してください。
もしも家主が変わったら?新家主と敷金の関係
賃貸物件がオーナーチェンジ(売却)された場合、新しい家主は旧家主から家賃請求権を引き継ぐと同時に、現入居者が退去したときの敷金返還義務も引き継ぎます。
つまり、入居中に物件が売却されても、退去時の敷金返還請求先は新オーナーになります。敷金はオーナーチェンジ時に新所有者へ移行しているという前提です。
実務上の注意点として、オーナーチェンジ後に「敷金は前のオーナーに払ったので私には関係ない」という話が稀にあります。これは誤りです。敷金返還義務は物件の所有権移転に伴い新オーナーに承継されています。万が一このような話が出た場合は、毅然として対応してください。
店長の独り言
「オーナーチェンジ自体に入居者の許可や承諾は不要です。そのため、『知らないうちに大家が変わっていた』というケースがむしろ当然です。
なお、一般的には、家主が変更したら、旧家主・新家主・入居者の3名で『承継同意書』という書面の取り交わしを行います。
承継同意書とは、家主が変わったこと、現在の契約条件はこれです、お預かりしている敷金はおいくらです、という内容を相互に確認する書面のことで、この時点で契約条件が変更されるというのは極めてレアケースです。
もしもオーナーチェンジが発生したら、これら承継同意書(通知書のときもある)をもとに契約条件を確認し、預け入れている敷金額に相違がないかなどを確認するように努めてください。」
敷金が返ってこないケース——現場で見てきた「揉めるパターン」
退去立会いを1,000件以上経験してきた現場から、敷金の返還でトラブルになりやすいパターンを整理します。
パターン①:精算書が届かない・説明がない
退去後に精算書が送られてこないまま時間が経過するケースです。契約書に記載された返還期限(多くの場合40日以内)を確認し、管理会社に進捗を問い合わせてください。合理的な理由なく遅延が続く場合は、消費生活センター(188)への相談も選択肢です。
パターン②:請求項目の根拠が不明
「クロス全室交換」「フローリング全面張り替え」など、損傷の範囲を超えた一式請求が届くケースです。国土交通省ガイドラインでは、クロスの施工単位は「一面」が原則であり、全室一括請求は通常認められません。詳しくは退去費用の全体解説をご参照ください。
パターン③:経年劣化と過失の混同
「6年住んでいるのにクロスの全額を請求された」というケースです。クロスの法定耐用年数は6年であり、残存価値に応じて借主負担額は下がります。耐用年数と減価償却の解説記事も参照してください。
パターン④:入居時からあった傷を退去時に請求される
最も多く、かつ最も防ぎやすいパターンです。入居時に写真で状態を記録しておけば反論できますが、記録がなければ証明の手段がなくなります。引越し初日の記録方法も合わせてご覧ください。
パターン⑤:管理会社や家主の怠慢による返金忘れ
そんなことあるの?と思われるかもしれませんが、意外とあります。
管理会社の担当者が多くの物件を担当しているときや、管理会社内の連携が取れていないと会社などでは、頻繁に発生します。このような低品質な管理会社かどうかは、Googleの口コミなどで事前にチェックしておくことをおススメします。
また、お部屋探しのときに「ここの管理会社の管理品質の評判はどうですか?」と聞いてみると、思わぬ実情を教えてくれるかもしれません。
💬 店長の独り言
揉めるケースに共通しているのは「入居時の記録がない」ことです。知識があっても証拠がなければ主張が通りません。逆に言えば、入居初日にスマホで写真を撮っておくだけで、退去時のトラブルの大半は防げます。これが1,000件以上の立会いから出た結論です。
敷金と退去費用の関係——契約前に特約を必ず確認する
敷金の返還額を最も左右するのは、契約書に入っている特約の内容です。
特約として多いものは「退去時のハウスクリーニング費用は借主負担」「鍵交換費用は借主負担」「ペット可物件につき退去時のクロス張り替えは全室借主負担」といったものです。これらはガイドライン上は貸主負担とされている費用を借主に転嫁するものですが、一定の条件を満たせば有効とされます。
確認のポイントは3点です。①重要事項説明で口頭説明を受けているか、②金額または算定方法が明示されているか、③契約時に合意した記録(書面のコピー)があるか。重要事項説明のチェックポイントについてはこちらの記事で詳しく解説しています。
敷金を正しく理解して、よりよい賃貸ライフを
今回は、最近出場機会に恵まれない、敷金について解説しました。
覚えておきたいポイントとして、敷金は返ってくるものであり、それは家主が変わっても同じということ。ただし、退去費用や未納家賃などがあれば充当されてしまうので、きれいにお部屋を使うことで、より多くの敷金返還を受けることができます。
賃貸では、一つの項目を説明すると、密接に関係する別の項目を理解する必要が出てくることがよくあります。敷金で言えば退去費用との関係は切っても切り離すことはできません。
こういった項目や言葉ごとの関係を含めて理解することで、より賃貸ライフを安心安全に迎えることができます。
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この記事を書いた人:不動産会社店長
業界歴20年以上の現役店長。現場の第一線で培った知見を活かし、大手不動産メディアにて累計50本以上の専門記事を執筆中。 業界の表も裏も知り尽くした「不動産のプロ」として、不動産会社の不都合な真実を伝えます。
不動産・建築の専門家として、以下の大手メディアにて2026年現在も継続的に執筆・監修を行っています。
- 東急リバブル(LIVABLE タイムズ):法人・投資家向けのCRE戦略や空き家対策記事を20本以上寄稿
- ハウスコム(暮らしエイト):宅建士の視点から賃貸トラブル解決法を30本以上執筆
- CHINTAI(CHINTAI情報局):現場を知る店長としてお悩み解決記事を連載中