
「告知事項あり」という文字を見た瞬間、この部屋はやめておこう、と考える人は多いと思います。何があったのか分からないから怖い。でも家賃が安いなら少し気になる。そういう揺れた気持ちで、この記事にたどり着いた方がほとんどではないでしょうか。
不動産業界で20年近く現場を歩いてきた中で、告知が必要な物件を何度も仲介してきました。自殺があった部屋に入室したこともあります。新しい入居者のために神主さんを手配してお祓いをしてもらったこともあります。そういう現場を知っているからこそ、正確に、誠実にお伝えできることがあります。
この記事では、告知のルール・現場の実態・業界の変化まで、包み隠さず解説します。
ぜひ最後までお読みください。
「告知事項あり」「事故物件」「心理的瑕疵」──3つの言葉を整理する
物件を探していると「告知事項あり」「事故物件」「心理的瑕疵物件」という言葉が出てきます。何となく同じ意味のように使われていますが、正確には意味が異なります。最初にここを整理しておくと、あとの理解がより深まります。
告知事項ありは最も広い概念で、入居希望者に伝えるべき重大な事情がある物件全般を指します。心理的な問題だけでなく、雨漏りやシロアリ被害などの物理的な欠陥、近くに暴力団事務所がある・悪臭がする施設が隣接しているといった環境上の問題も含まれます。つまり「告知事項あり=誰かが亡くなった部屋」ではありません。
心理的瑕疵物件は、住む人が精神的な不快感を抱く原因がある物件です。人の死に関するものと、嫌悪施設が近隣にあるものが代表的です。
事故物件は、この心理的瑕疵の中でも「室内での人の死」に関する物件を指す言葉として業界では定着しています。
この記事では主に「事故物件」すなわち人の死に関する告知事項を扱います。読んでいる途中で言葉の意味がずれないよう、頭の片隅に置いておいてください。
国交省ガイドラインが定める「告知が不要なケース」を正確に理解しよう
2021年10月、国土交通省が「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を策定しました。それまで不動産会社ごとにバラバラだった告知の基準に、一定の目安が示されたことになります。
ただしこのガイドラインに法的拘束力はなく、違反したからといって即座に宅建業法違反になるわけではありません。しかしトラブルが起きた際には行政の監督において参照されるものですので、実務上は重要な基準です。
告知が不要とされるケースを正確に把握しておくと、物件選びの判断がしやすくなります。
出典:国土交通省 宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン
告知不要①:自然死・日常生活での不慮の死(ただし条件あり)
老衰・持病による病死・自宅の階段からの転落・入浴中の溺死・食事中の誤嚥といった、日常生活の中で生じる死については、原則として告知不要とされています。
ただしここで重要なのが、「死因」ではなく「部屋へのダメージ」が判断の分かれ目になるという点です。
たとえば一人暮らしの方が自然死を迎え、長期間発見されなかった場合を考えてください。その部屋がどういう状態になるか、詳しく書くことは控えますが、床・壁・建具に深刻なダメージが及ぶ状況が生まれることがあります。そうした場合に行われる特殊清掃や大規模なリフォームのことを「特殊清掃等」と言います。
ガイドラインでは、死因が自然死や日常的な不慮の事故であっても、特殊清掃等が行われた場合は告知が必要とされています。死因が問題なのではなく、その後に部屋に何が起きたかが基準になります。「自然死なら必ず告知不要」というのは正確な理解ではありません。
告知不要②:賃貸は「概ね3年」、売買は無期限
自殺・他殺・特殊清掃等が行われた孤独死については、賃貸借取引の場合、事案の発覚から概ね3年が経過した後は、原則として告知しなくてもよいとされています。
「概ね」という言葉がついている通り、これは絶対的な期限ではありません。事件性が高い・全国的にニュースになった・近隣住民の記憶に深く刻まれているといった案件は、3年を超えても告知が求められることがあります。
また、売買契約においては告知義務に期間制限がありません。何十年前の事案であっても、売買の場面では告知が必要です。これは賃貸と売買で全く異なるルールですので、将来的に不動産の購入を検討される方は特に覚えておいてください。
現場での実感として、私自身は10年程度は告知し続けるようにしています。ガイドラインの「概ね3年」は最低限の目安であり、入居者の安心のためにはそれ以上の配慮が当然だと考えているからです。
なお、インターネット上の事故物件情報サイトに掲載されているからといって、必ずしも宅建業者に告知義務が生じるわけではありません。サイトへの掲載と法的な告知義務は別の話です。気になる物件があれば、サイトの情報に一喜一憂するより、担当者に直接質問する方が確実です。
告知不要③:隣の部屋・日常使用しない共用部分
取引対象の部屋ではなく、隣接住戸や日常的に使用しない共用部分で事案が発生した場合は、原則として告知不要とされています。
ただし一点注意が必要です。日常的に使用する共用部分は告知対象になります。エレベーター・廊下・玄関・階段など、毎日通る場所での事案は、対象の部屋と同様に扱われます。「共用部分だから全部大丈夫」ではありません。
3年を過ぎても「聞けば答えてもらえる」権利がある
ガイドラインでは、告知義務期間を過ぎていても、借主から事案の有無について問われた場合は、知っている事実を告げる必要があると明記されています。これは入居者にとって大切な権利です。
「3年経っているから教えてもらえない」ということはありません。内見や契約の場面で気になることがあれば、遠慮なく質問してください。不動産会社は知っていることを伝える義務があります。
店長の独り言
「これは、本文と全く関係のない話になりますが、賃貸とはいえ、自分の家で死ねる、というのはなんだか幸せなことなんじゃないか、と私は考えます。
よく、病状が悪化しているため、病院から外出許可が出ない、でも家には帰りたい、そういう話を聞きます。そう、ほとんどの人は病院で最期を迎えることが多いのです。
その観点から言えば、突然の不慮のことであったとしても、自分の家で最期を迎えることができるというのは、ある意味では幸せなことだと考えるのです。
つまり、一律に人が死んだから気持ち悪い、と考える方が、むしろその故人に対して失礼なのではないか、と。
もちろん、嫌がる気持ちの全てを否定しようと言うつもりはありません。ただ、きちんと理由を聞いて、そのうえできちんと判断してほしい、ということです。」
現場から見た事案の種類と、心理的抵抗感の実態
告知が必要な事案にはさまざまな種類があります。現場の実感として、入居者の心理的抵抗感には起こった事象によって明確な差があります。
強い順に並べると、他殺>自殺>特殊清掃が必要だった孤独死>火事という序列になります。同じ「告知事項あり」でも、中身によって入居者の受け止め方は全く違います。
自殺があった部屋に入室したことがあります。現場というのは、想像の何倍も現実的です。その経験があるからこそ、入居者への告知は丁寧にするよう心がけています。ある物件では、新しい入居者の引越し初日に神主さんを手配してお祓いをしてもらいました。費用はオーナーが負担してくれました。これは任意の話であり、入居者が合意する必要はありませんが、それくらいオーナーからしてもお気持ちの部分は大きいのです。
また、内見で見た目から心理的瑕疵があるかないかを判断しようとする論者(識者?)がいますが、正直に言うとほぼ不可能です。特殊清掃が入った現場は、床・壁・天井・排水管に至るまで専門業者が徹底的に処置します。部分的なリフォーム跡が残るような状態では、そもそも次の入居者に貸し出せません。
「一面だけクロスが新しいから怪しい」というような判断基準は、現場を知らない人の話です。見た目で判断しようとするより、きちんと質問する方が何倍も確実です。
「告知事項ありの物件に入居したら、次の引越しの審査で不利になりませんか?」という質問を受けることがあります。答えは明確にノーです。入居歴は審査に影響しません。
霊感が強い方・家族にそういった感覚の強い方がいる場合は、最初から告知事項あり物件はお勧めしていません。入居後に「どうしても無理」となっても、それを理由に契約解除できるわけではないからです。自分が許容できるかどうかを、契約前に正直に判断してください。
「事故物件は家賃が安い」は、今や当たり前ではなくなってきた
事故物件を積極的に検討する理由として「家賃が安い」を挙げる方が多いです。ただ現場にいる立場から言うと、以前に比べてその前提が崩れてきています。
大きな背景として、孤独死保険・心理的瑕疵補償商品の普及があります。室内で入居者が亡くなった場合に家賃を最長1年補填するもの、隣接する居室の入居者が心理的瑕疵を理由に退去した場合に家賃の50%程度を補填するものなど、オーナーの経済的リスクを軽減する保険商品が増えています。
オーナー側が経済的に守られる仕組みができてくると、「入居者を確保するために家賃を大きく下げなければならない」という理由が薄れてきます。空室期間を保険で補填してもらえるなら、家賃を下げて急いで入居者を探す必要がなくなるからです。
強いて言えば、家賃の補填期間が満了してから、その部屋への反響状況とか市場の反応などを見て安くする、という戦略的なオーナーの判断も当然にありえるでしょう。
もう一つ、機関投資家(ファンド)が保有する物件では、将来の売却価格(出口)を高く維持したいという動機から、事案の周知を最小限に抑えることを重視するケースがあります。そうした物件では、特定の仲介会社だけに依頼し、来店された方にだけ「実は……」という形でご案内するという方法が取られることがあります。告知義務はきちんと果たしたうえで、ただ広く宣伝はしない、という手法です。
「事故物件を探せば安い物件に出会える」という期待は、現代の賃貸市場では必ずしも成立しません。安さを目的として探すより、たまたま出会った条件の良い物件が告知事項ありだった、という場面で判断する方が現実的です。
店長の独り言
「孤独死に関する保証は入居されている人にもメリットがあります。それは、孤独死による特殊清掃などの費用がオーナー側に支払われる、という点です。
つまり、一般的に孤独死が発生すると、原状回復費用がそれなりにかかります。その費用をすべて退去者や連帯保証人、ご遺族にご請求するとなれば、それだけでかなりの負担となることは明白です。
その費用がオーナー側で補填されるとなれば、ご遺族などの負担も軽減されます。ひいては、故人を亡くされた悲しみに加えて費用請求という負担がなくなる(もしくは軽減される)という点で、メリットがある話と言えるでしょう。」
ルームロンダリングは、ほぼ見抜けない
「短期間だけ入居者を入れて、告知義務をリセットする」という手法を「ルームロンダリング」といいます。かつてはこうした対応をする業者もいましたが、現在のガイドラインは「概ね3年」という基準を示しており、1人入居させただけで告知義務が消えるものではありません。
もっと言えば、ルームロンダリングが行われていたとしても、入居者側が見抜くことはほぼ不可能です。仲介している私たちでさえ、貸主から知らされていなければ把握できないことがあります。
だからこそ、「見抜こうとする」より「聞く権利を使う」方が確実です。担当者に「この物件で過去に人の死に関する事案はありましたか」と直接質問することで、知っている事実を告げる義務が発生します。答えを濁す・明確に答えられないという場合も、それ自体が判断材料になります。
店長の独り言
「よく事故物件を網羅したサイトや、心理的瑕疵に関する情報を記載したサイトを見かけますが、個人的に思うことは、それらがすべて正しいわけでもないし、それらがすべて責任を取ってくれるわけでもない、ということです。
できることはただ一つ、信頼できる不動産会社にきちんと聞くこと、これに尽きます。」
契約前に確認すべき3つのポイント
事故物件・告知事項あり物件を検討する際は、以下の3点を必ず確認してください。内見全体のチェックポイントも合わせて参考にしてください。
1. 告知書の内容を必ず確認する 告知が必要な事案がある場合、宅建業者は発生時期・場所・死因(不明の場合はその旨)・特殊清掃等の有無を書面で告知することが求められています。氏名・具体的な死の状況・発見時の様子などは告げる必要がないとされており、告知書に記載されないのが原則です。
告知書の内容を読み、不明な点は口頭でも確認してください。詳しくは重要事項説明書の確認ポイントを参考にしてください。
2. 気になることは必ず担当者に質問する 前述の通り、告知義務期間を過ぎていても、問われた場合は知っている事実を告げる義務があります。「聞いたら教えてもらえる」という権利は積極的に使ってください。
3. 家賃の変動条件を確認する 告知事項があることで家賃が下げられている物件では、契約更新時に家賃が元に戻ったり値上げされたりするケースがあります。「ずっとこの家賃で住める」と思い込まないよう、更新時の扱いを契約前に確認しておいてください。定期借家契約になっているケースもありますので、定期借家契約の解説記事も参考にしてください。
事故物件・告知事項あり物件に向いている人・向いていない人
向いている人
過去の出来事より現在の住み心地・家賃・立地を合理的に判断できる方には、選択肢を広げる意味で検討する価値があります。「実害がなければ問題ない」と割り切れる方、好立地で広い部屋に住みたいが予算が限られている方にとっては、検討対象になり得る物件群です。
向いていない人
「気にしないようにしよう」と思って入居した方が、入居後に気になり始めるケースがあります。最初に少しでも引っかかる感覚があるなら、その感覚は入居後も続くと考えた方が無難です。霊感があったり、家族にそういった感覚が強い方がいる場合は、最初から避けることをお勧めします。
告知事項の内容は物件によって全く異なります。退去費用など賃貸全般の権利については退去費用の全体解説、入居前の確認事項全般については初期費用の解説も合わせて参考にしてください。
告知事項あり物件は「怖いから避ける」でも「安いから選ぶ」でもなく、内容を正確に把握したうえで自分が許容できるかどうかを判断する、それだけのことです。その判断に必要な情報はすべて、きちんと聞けば教えてもらえます。